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名古屋地方裁判所 昭和57年(ワ)2853号 判決

原告 甲野一郎こと 甲一郎

右法定代理人親権者母 甲野花枝こと 甲花子

右訴訟代理人弁護士 伊藤典男

同 伊藤誠一

被告 乙山春子

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 今井安榮

被告 丙川松夫

〈ほか二名〉

右被告三名訴訟代理人弁護士 竹下重人

主文

一  原告の主位的請求をいずれも棄却する。

二  被告乙山夏夫、同丙川梅夫は、各自、原告に対し、金六二七万八、五〇九円及び右金員に対する昭和五七年九月二三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の予備的請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告に生じた費用の一〇分の一と被告乙山夏夫、同丙川梅夫に生じた費用の五分の一を被告乙山夏夫、同丙川梅夫の負担とし、原告、被告乙山夏夫及び同丙川梅夫に生じたその余の費用と被告乙山春子、同丙川松夫、同丙川竹子に生じた各費用を、いずれも原告の負担とする。

五  この判決は、主文第二項に限り、仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告の請求の趣旨

1  主位的請求の趣旨

(1) 被告乙山春子、同丙川松夫及び同丙川竹子は、各自、原告に対し、金二、七七一万〇、一二〇円及び内金二、〇〇〇万円に対しては昭和五七年九月二三日(但し、被告丙川松夫については同月二四日)以降、内金七七一万〇、一二〇円に対しては昭和五九年八月一〇日以降、それぞれ完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(2) 訴訟費用は、被告乙山春子、同丙川松夫、同丙川竹子の負担とする。

(3) 仮執行の宣言。

2  予備的請求の趣旨

(1) 被告乙山夏夫、同丙川梅夫は、各自、原告に対し、金二、七七一万〇、一二〇円及び内金二、〇〇〇万円に対しては昭和五七年九月二三日以降、内金七七一万〇、一二〇円に対しては昭和五九年八月一〇日以降、それぞれ完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(2) 訴訟費用は、被告乙山夏夫、同丙川梅夫の負担とする。

(3) 仮執行の宣言。

二  被告らの答弁

1  本案前の答弁

原告の被告乙山夏夫、同丙川梅夫に対する請求を却下する。

2  本案に対する答弁

(1) 原告の請求をいずれも棄却する。

(2) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  本件事故の発生

原告は、昭和五七年五月一六日午前二時頃、被告乙山夏夫、同丙川梅夫ら七名と共に、名古屋市《番地省略》丁原秋夫方前の倉庫及び前面道路付近において、シンナー遊びをしていたが、その際ビニール袋からシンナーがこぼれて、原告のズボンの下腹部辺りが濡れてしまった。これを見た被告丙川梅夫は、原告に対し、「おしっこを、ちびった。」と言って冷やかしたので、近くにいた被告乙山夏夫が、「おしっこをちびったかどうか、火をつければ判る。」と言うや否や、シンナーで意識が朦朧となり地面に伏せていた原告の背後から、点火したライターをズボンの下腹部辺りに近づけた。そのため、シンナーに引火して原告のズボンが燃え上がり、原告は慌ててズボンを脱ごうとしたため、両手首、両大腿部、臀部に熱傷を負った。

2  被告乙山夏夫、同丙川梅夫の責任無能力

被告乙山夏夫は、昭和四一年八月一三日生れで本件事故当時満一五才九ヶ月、被告丙川梅夫は、昭和四〇年八月二八日生れで本件事故当時満一六才九ヶ月であったが、これらの事実及び被告丙川梅夫においては本件事故当時シンナーの吸飲により意識が朦朧となっていたことからすれば、被告乙山夏夫、同丙川梅夫は、本件事故当時、責任能力を有していなかったというべきである。

3  被告乙山春子、同丙川松夫、同丙川竹子の責任原因

被告乙山春子は、被告乙山夏夫の母であり、親権者として同被告を監督すべき法律上の義務がある者である。また、被告丙川松夫は、被告丙川梅夫の父であり、被告丙川竹子は、被告丙川梅夫の母であって、いずれも親権者として被告丙川梅夫を監督すべき法律上の義務がある者である。

4  被告乙山夏夫、同丙川梅夫の責任原因

仮りに2の主張が認められず、被告乙山夏夫、同丙川梅夫に責任能力があったとすれば、右被告両名には以下の過失があるので、原告が被った損害を賠償する義務がある。

すなわち、右被告両名は、原告のズボンがシンナーで濡れていたこと、かつシンナーが極めて引火性の強いものであることを知っていたのであるから、原告のズボンに点火したライターを近づければ直ちに引火して原告が熱傷を負うことを十分予見しえたのである。したがって、被告乙山夏夫は、原告のズボンに点火したライターを近づけないようにすべき注意義務があったにも拘らず、これを怠った過失があり、また被告丙川梅夫は、あたかも原告が尿を漏らしたかの如くはやしたてたため、被告乙山夏夫がライターに点火することとなったのであるから、被告乙山夏夫を制止して点火したライターを原告に近づけないようにすべき注意義務があったにも拘らず、これを怠った過失がある。

5  損害

(1) 治療費

原告は、昭和五七年五月一六日、訴外大菅病院で応急措置を受け、治療費として一万六、六三五円を支払った。その後、原告は、同日より同年六月三〇日まで及び同年一一月一二日より昭和五八年三月四日までの間、訴外中京病院に入院して治療を受け、入院治療費として九四万五、〇四五円を支払った。よって原告は、治療費として合計九六万一、六八〇円の損害を蒙った。

(2) 休業損害

原告は、昭和五七年三月下旬から、訴外戊田株式会社に勤務し、一ヶ月平均一〇万円の収入を得ていたところ、本件事故により、昭和五七年五月一六日から昭和五八年三月末日までの間、休業を余儀なくされ、その間の得べかりし給料九六万四、六〇五円の収入を失った。

(3) 後遺症の逸失利益

原告は、本件事故による熱傷の後遺症として、ケロイド、拘縮が受傷部分に生じており、右手の中指、環指、小指及び左手の小指の用を廃しており、後遺障害別等級第一〇級に該当する後遺症がある。したがって原告は、右後遺障害のため、その労働能力を二七パーセント喪失したものであるところ、本件事故当時満一六才八ヶ月であって、前記休業後満一八才から六七才まで四九年間就労可能であり、昭和五六年度の全労働者の平均年収は二九九万〇、四〇〇円であるから、原告の後遺症の逸失利益を新ホフマン係数により計算すると、次のとおり一、九七一万三、八三五円となる。

2,990,400×24.4162×0.27=19,713,835

(4) 慰謝料

原告の本件事故による精神的損害に対する慰謝料は、入通院分として一五〇万円、後遺症分として四〇三万円、合計五五三万円が相当である。

(5) 弁護士費用

原告は本件訴訟を本訴原告代理人らに委任したが、右弁護士費用のうち一三〇万円を原告の損害と認めるべきである。

(6) 損害の填補

原告は、本件事故による損害に関して、既に被告らから合計七六万円の支払を受けている。

(7) 結論

以上によれば、原告の損害は、合計二、八四七万〇、一二〇円となるところ、七六万円の支払を受けているので、二、七七一万〇、一二〇円となる。

よって、原告は、主位的に、被告乙山春子、同丙川松夫、同丙川竹子に対し、民法七一四条に基づき、各自、損害金二、七七一万〇、一二〇円及び内金二、〇〇〇万円に対しては本件訴状送達の日の翌日である昭和五七年九月二三日(但し、被告丙川松夫については同月二四日)以降、内金七七一万〇、一二〇円に対しては本件訴の変更申立書送達の日の翌日である昭和五九年八月一〇日以降、それぞれ完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、予備的に、被告乙山夏夫、同丙川梅夫に対し、民法七〇九条に基づき、各自、右同額の金員の支払を求める。

二  被告乙山夏夫、同丙川梅夫の本案前の主張

原告の被告乙山夏夫、同丙川梅夫に対する請求は、被告乙山春子、同丙川松夫、同丙川竹子に対する請求が認容されることを解除条件として申立てられているものであって、いわゆる主観的予備的併合形態であるから不適法なものである(最高裁判所昭和四三年三月八日判決、民集二二巻三号五五一頁)。

三  被告乙山夏夫、同丙川梅夫の本案前の主張に対する原告の答弁

主観的予備的併合形態が不適法とされる理由は、予備的被告を不当に不安定かつ不利益な地位に置くことにあるから、予備的被告が不当に不安定かつ不利益な地位に置かれたとは認められない特別な事情があるときは、主観的予備的併合は許されると解すべきであり、このように解することは前記判例に反するものではない。

そこで本件について検討するに、被告乙山春子、同丙川松夫、丙川竹子が責任を負うか、被告乙山夏夫、同丙川梅夫が責任を負うかは、被告乙山夏夫、同丙川梅夫の責任能力の有無にかかるものであるが、その判断は年齢によって一律に決することができないため困難であって、主観的予備的併合形態をとる必要性は高いと共に、被告乙山夏夫、同丙川梅夫はいずれも未成年者で訴訟行為能力がないため、法定代理人である被告乙山春子、同丙川松夫、同丙川竹子が訴訟遂行をするものであるから、予備的被告である乙山夏夫、丙川梅夫が不当に不安定かつ不利益な地位に置かれたとは認められない特別な事情があるというべきである。したがって、本件においては、主観的予備的併合形態が許される。

四  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1の事実のうち、原告が昭和五七年五月一六日午前二時頃、被告乙山夏夫、同丙川梅夫ら七名と共に、原告主張の場所でシンナー遊びをしていたこと(但し、被告乙山夏夫はシンナーを吸っていない。)、被告乙山夏夫の点火したライターがシンナーに引火して原告のズボンが燃え上がったことは認め、シンナーがこぼれて原告のズボンの下腹部辺りが濡れてしまったこと及び原告の傷害の内容は不知、その余の事実は否認する。

(被告乙山夏夫、同乙山春子の主張)

被告丙川梅夫が「おしっこをちびった。」と原告をからかいはじめ、他の者も原告を見て「汚ねえ、おしっこちびった。」などとはやしたりした。原告も、自らズボンの前を持ちあげるような格好をして、歩きづらそうであったが、そのうち倉庫の前の道路に出て、そこでうつぶせになってしまった。そこで、被告乙山夏夫は、原告がどのような状態か様子を見ようと、「おしっこだぞ。」と言いながら、ズボンの後ろの腿部付近を明るくしようと思って点火したライターを近づけたところ、いきなり原告のズボンに火がついたものである。被告乙山夏夫は、原告の実際に小便をもらしたと思っていたのであって、可燃性のものがズボンに付着しているとは考えてもみなかったのであった。

(被告丙川梅夫、同丙川松夫、同丙川竹子の主張)

被告丙川梅夫は、シンナーを吸飲したため意識が朦朧状態となり、原告をからかったのかどうか記憶がなく、意識がはっきりしたときには、原告のズボンに既に火がついていたものである。

2  請求原因2のうち、被告乙山夏夫、同丙川梅夫の年令については認め、右被告両名が本件事故当時責任能力がなかったとの主張は争う。

3  請求原因3の事実は認める。

4  請求原因4の主張は争う。

被告乙山夏夫は、原告のズボンがシンナーで濡れていたことを知らなかったのであるから、原告のズボンに点火したライターを近づければ直ちに引火して原告が熱傷を負うことを予見することはできなかった。また、被告丙川梅夫が原告をはやしたてたことと、被告乙山夏夫が点火したライターを原告に近づけたこととは、相当因果関係がない。

5  請求原因5のうち、(6)の事実は認めるが、その余の主張は争う。

第三証拠《省略》

理由

第一  原告の主位的請求について判断する。

一  請求原因1の事実について

1  請求原因1の事実のうち、原告が昭和五七年五月一六日午前二時頃、被告乙山夏夫、同丙川梅夫ら七名と共に、名古屋市《番地省略》丁原秋夫方前の倉庫及び前面道路付近において、シンナー遊びをしていたこと、被告乙山夏夫の点火したライターがシンナーに引火して原告のズボンが燃え上がったことは当事者間に争いがない。そして、《証拠省略》によれば、本件事故の発生状況については以下の事実を認めることができる。

(1) 原告と被告乙山夏夫、同丙川梅夫は中学生時代からの遊び友達であった。昭和五七年五月一五日夜、原告、被告乙山夏夫、同丙川梅夫ら合計七名が右丁原秋夫方前付近に集まってしゃべっていたが、そのうちに数人が近くの工場現場からシンナー缶を持ち出してきて、みんなでシンナー遊びを始めた。シンナー遊びは、缶からシンナーをビニール袋に入れて、そのビニール袋を口に近づけて吸うものである。

(2) 原告と被告丙川梅夫は、倉庫の入口で入口の段に腰かけてシンナーを吸っていたが、被告乙山夏夫はシンナーを吸わず友人をからかっていた。やがて、被告丙川梅夫は、原告がシンナーの入ったビニール袋を取り落として、そのズボンの下腹部辺りを濡らしたのをみて「おしっこをちびったぞ。」と言いはやし、周囲にいた友人たちも「ちびった。ちびった。」「汚いぞ。」などと原告を遠巻にしてはやしたてた。原告は立ち上がって倉庫前の道路まで歩いたが、シンナーにより意識が朦朧となり道路上に大の字になって伏せてしまった。

(3) 被告乙山夏夫は、原告が尿を濡らしたものと信じ、どのように尿を濡らしたのか見たくなって、「おしっこちびったぞ。」と言いながら、点火したライターを原告のお尻の辺りに近づけたところ、実際には原告のズボンがシンナーで濡れていたため、突然シンナーに引火して原告のズボンが燃え上がり、原告は両手首、両大腿部、臀部に熱傷を負った。なお、原告と被告丙川梅夫は、シンナーにより意識が朦朧となっていたため、本件事故の右状況についてはほとんど記憶していない。

2  右事実によれば、請求原因1の事実はこれを認めることができる。

二  そこで請求原因2の主張について判断する。

1  被告乙山夏夫が本件事故当時満一五才九ヶ月、被告丙川梅夫が本件事故当時満一六才九ヶ月であったことは当事者間に争いがない。そして、被告乙山夏夫本人尋問の結果によれば、同被告は本件事故当時名古屋市立乙田高等学校に在学していたこと、また被告丙川梅夫本人尋問の結果によれば、同被告は本件事故当時喫茶店の店員として勤務していたことがそれぞれ認められる。

2  以上の被告乙山夏夫、同丙川梅夫両名の年令、生活状況からみれば、右被告両名は、本件事故当時いずれも責任能力を有していたというべきである。また、被告丙川梅夫が本件事故当時シンナーの吸飲により意識が朦朧となっていたことは、前記一認定のとおりであるが、仮に右状態が心神喪失状態であったとしても、それは同被告が故意に一時の心神喪失を招いたにすぎず、民法七一三条但書により同被告の責任能力に影響を及ぼすものではない。

3  したがって請求原因2の主張は採用できない。

三  以上によれば、その余の事実について判断するまでもなく、原告の主位的請求はいずれも理由がないことが明らかである。

第二  次に原告の予備的請求に対する被告乙山夏夫、同丙川梅夫の本案前の主張について判断する。

一  ある被告(主位被告)に対する請求が認容されることを解除条件として、別の被告(副位被告)に対する請求を申立てるところの主観的予備的併合訴訟は、一般に不適法であって許されないと解すべきである(最高裁判所昭和四三年三月八日判決、民集二二巻三号五五一頁)が、その理由は、副位被告に対する請求の当否についての裁判がなされるか否かが他人間の訴訟の結果いかんによって決まることになり、副位被告を著しく不安定、不利益な地位に置くことになるからである。

ところで、他方では主観的予備的併合訴訟は、関連する紛争を一回でかつ統一的に解決することができる利点も有するのであるから、副位被告が著しく不利益を受けずかつ不安定な地位に置かれてもやむを得ない事情が認められる場合には、主観的予備的併合は許されると解することができ、このように解することは右判例に反するものではないというべきである。

二  そこで、本件において右のような事情が認められるか否かについて検討する。

本件は、不法行為をなした被告乙山夏夫、同丙川梅夫がいずれも未成年者であって責任能力を有していないとして、その親権者である被告乙山春子、同丙川松夫及び同丙川竹子に対し民法七一四条に基づく損害賠償請求をなし、さらに被告乙山夏夫、同丙川梅失がいずれも責任能力を有していたと認定される場合を想定して、予備的に右被告両名に対する民法七〇九条に基づく損害賠償請求を併合したものである。ところで、右被告両名はいずれも未成年者であって訴訟無能力者であるため、右被告両名の訴訟行為はすべてその法定代理人である被告乙山春子ないし同丙川松夫、同丙川竹子が行うものである。このように副位被告らの訴訟行為を主位被告らが行うのであるから、本件においては、副位被告が著しく不利益を受けるものとはいえず、かつ不安定な地位に置かれてもやむを得ない事情が認められるというべきである。

三  よって、本件においては主観的予備的併合が許されるものということができ、被告乙山夏夫、同丙川梅夫の本案前の主張は理由がない。

第三  そこで原告の予備的請求について判断する。

一  請求原因4の主張について

1  被告乙山夏夫の過失の有無

前記第一の一のとおり、被告乙山夏夫は原告のズボンがシンナーで濡れていたことを認識していたとは認められない。しかしながら、原告は、被告乙山夏夫らと共に遊ぶうちシンナー遊びをしはじめ、被告乙山夏夫はシンナーを吸引しなかったものの、《証拠省略》によれば、同被告はシンナーが極めて引火性の強いものであることを知っていたのであり、かつ同被告としては、原告の着衣にシンナーが付着している可能性があることを予見することができるのであるから、シンナーが原告の着衣に付着していないことを確認しない以上、ライターの火を原告に近づけることをすべきでない注意義務があるというべきである。

ところが、前記第一の一で認定したとおり、被告乙山夏夫は、原告が本当に尿を漏らしたものと軽信し、原告の着衣にシンナーが付着しているか否かを何ら確認しないまま、いきなり原告にライターの火を近づけてシンナーに引火させたのであるから、同被告に過失があることは明らかであるといわなければならない。

2  被告丙川梅夫の過失の有無

被告丙川梅夫が、原告らとシンナー遊びをしているとき、「おしっこちびった。」とはやしたてて原告をからかったことが、被告乙山夏夫が原告にライターの火を近づける原因となったことは、前記第一の一で認定したとおりである。右認定によれば、被告丙川梅夫は原告のズボンがシンナーで濡れていたことを知っていたというべきであり、また《証拠省略》によれば、同被告はシンナーが極めて引火性の強いものであることを知っていたのであるから、同被告には被告乙山夏夫が原告にライターの火を近づけるのを制止すべき注意義務があったというべきである。

ところが、前記第一の一で認定したとおり、被告丙川梅夫のいた倉庫のすぐ前の道路上で、一緒に遊んでいた被告乙山夏夫が原告に近付いてライターの火を原告に近づける行動に出たにもかかわらず、被告丙川梅夫はこれを何ら制止せず、そのためライターの火がシンナーに引火したのであるから、被告丙川梅夫には被告乙山夏夫を制止すべき注意義務を怠った過失責任があるといわなければならない。なお、被告丙川梅夫がシンナーの吸引により意識が朦朧となっていたことは、前記第一の一で認定したとおりであるが、このような自ら招いた一時の心神喪失状態によって過失責任を免れるものではないことは、民法七一三条但書の趣旨からみて明らかである。

3  よって、請求原因4の主張は理由がある。

二  そこで請求原因5の主張、すなわち本件事故による原告の損害の点について判断する。

1  治療費について

《証拠省略》によれば、治療費については原告主張どおりこれを認めることができる。

2  休業損害について

《証拠省略》によれば、原告は、昭和五七年三月二九日から訴外戊田株式会社へ三ヶ月間の試用期間で見習いとして勤務していたが、同年五月一一日から無断欠勤し、三日後に家族の者が右会社に電話すると、会社の方から「こちらから連絡するまで自宅で待っていて欲しい。」と言われたので、以後も出勤しないまま同年五月一六日に本件事故に遭って入院し、同年六月二一日頃に右会社から解雇通知を受けたことが認められる。

右事実によれば、原告は本件事故の数日前から右戊田を無断欠勤し、既に勤務意思を失っていたというべきであり、本件事故によって休業を余儀なくされたとはいえず、原告の休業損害の主張は理由がない。

3  後遺症の逸失利益について

《証拠省略》によれば、原告の右手の環指、中指、小指及び左手小指は十分な伸展をすることができず、著しい運動障害を残していることが認められる。右事実によれば、原告には自動車損害賠償保障法施行令に定める後遺障害別等級第一〇級に該当する後遺症があるということができる。

したがって、原告は、右後遺障害によりその労働能力を二七パーセント喪失したものであるところ、本件事故当時満一六才八ヶ月であって、その後の満一八才から六七才まで四九年間就労可能とみることができ、また昭和五六年度の男子労働者の平均年収は三六三万三、四〇〇円であることは、顕著な事実である。ところで、原告は就労可能年数が長いので、かかる場合における逸失利益の計算はライプニッツ方式によって現価を定めるのが相当であるところ、満一六才のライプニッツ係数(但し、一八才から六七才までの間の損害発生についての現価を求めるもの)は一六・四七九五であるから、原告の後遺症による逸失利益は次のとおり一、六一六万六、六八六円となる。

3,633,400×16.4795×0.27=16,166,686

4  慰謝料について

《証拠省略》によれば、原告は合計一五九日間入院し、前記3認定の後遺障害の他、両下肢に広範囲にわたるケロイドが残っていることが認められる。これらの事実を考慮すれば、原告の本件事故による精神的損害に対する慰謝料は、入通院分として一五〇万円、後遺症分として三五〇万円、合計五〇〇万円が相当である。

5  過失相殺

以上によれば、原告の損害として合計二、二一二万八、三六六円が考えられる。ところで、前記第一の一で認定したとおり、本件事故は、原告を含めての交遊の際、シンナー遊びという違法行為をなした過程で発生したものであり、また原告がシンナーにより意識が朦朧となって道路上に大の字に伏せてしまうという完全な無防備状態であったことも事故発生の要因となったと考えられるのであり、これらの事情からすれば、原告にも相当な過失があるというべきである。したがって、過失相殺により、原告の損害額の七割を減額するのが相当であり、この結果原告の損害額は六六三万八、五〇九円となる。

6  損害の填補

原告が、本件事故による損害に関して、既に被告らから合計七六万円の支払を受けていることは当事者間に争いがないので、右金額を控除すると、五八七万八、五〇九円となる。

7  弁護士費用について

原告は、本訴請求の損害について被告らから十分な任意の支払を受けられず、本訴原告代理人らに委任して本件訴訟の提起を余儀なくされたことは、弁論の全趣旨により明らかであるが、前記認定の損害額、本件事案の難易等を勘案すると、右弁護士費用のうち四〇万円を原告の損害と認めるのが相当である。

8  結論

以上によれば、原告の損害額は合計六二七万八、五〇九円となる。

第四  結論

以上によれば、原告の主位的請求はいずれも理由がなく、また原告の予備的請求は、被告乙山夏夫、同丙川梅夫に対し、各自損害金六二七万八、五〇九円及び右金員に対する本訴状送達の日の翌日である昭和五七年九月二三日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においてのみ理由があることは明らかである。

よって、原告の主位的請求はこれをいずれも棄却し、原告の予備的請求は右限度においてこれを認容し、その余の請求は失当であるからこれをいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川井重男 裁判官 大内捷司 永野圧彦)

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